日本代表として2度のワールドカップに出場し、Jリーグでも長く右サイドを支えた駒野友一。

サンフレッチェ広島でプロ入りすると、ジュビロ磐田、FC東京、アビスパ福岡、FC今治と渡り歩き、23年間にわたって現役生活を続けた。

右サイドバックとして豊富な運動量を生かし、攻撃参加から正確なクロスまでこなした駒野。

セットプレーでもゴールを決めるなど、キックの技術にも定評があった。

日本代表では78試合に出場。

2006年ドイツ大会、2010年南アフリカ大会と2大会連続でワールドカップを経験した。

2022年、FC今治で現役を引退。

長く日本サッカーを支えたサイドバック、駒野友一の現役時代、生い立ちやプレースタイルに迫る。

駒野友一のプロ入り前

駒野友一は1981年7月25日、和歌山県海南市に生まれた。

大野JFC、海南市立第三中学校を経て、サンフレッチェ広島ユースへ進んだ。

高校年代からサイドの選手としてプレーし、2000年にサンフレッチェ広島のトップチームへ昇格。

18歳でプロの世界へ入った。

その後、Jリーグで経験を積みながら右サイドバックとして成長していく。

駒野友一のサンフレッチェ広島時代

2000年にサンフレッチェ広島でプロデビュー。

2001年にはリーグ戦24試合に出場し、プロ2年目から出場機会を増やしていった。

2003年には広島がJ2で戦うことになったが、駒野はチームに残ってプレー。

2004年のJ1復帰後も主力として右サイドを支えた。

2005年にはJリーグ優秀選手賞を受賞。

さらに2007年にも優秀選手賞に選ばれるなど、Jリーグを代表するサイドバックの一人となっていった。

2008年にはジュビロ磐田へ移籍。

ここから駒野のキャリアはさらに長く続いていく。

駒野友一の日本代表

駒野は2005年に日本代表へ初選出され、同年の東アジア選手権で代表デビューを果たした。

2006年にはドイツワールドカップのメンバーに選出。

グループリーグのブラジル戦にも出場した。

その後も日本代表の右サイドバックとしてプレーを続ける。

2008年の北京オリンピックにも出場。

そして2010年、南アフリカワールドカップにも出場した。

この大会では全3試合に先発。

カメルーン、オランダ、デンマークとのグループリーグで右サイドバックを務めた。

特にデンマーク戦では、日本が3-1で勝利して決勝トーナメント進出を決めた。

日本代表では最終的に78試合に出場し、1ゴールを記録。

2度のワールドカップを経験した。

駒野友一のジュビロ磐田時代

2008年からはジュビロ磐田でプレー。

移籍後もレギュラーとして右サイドを任され、2012年にはJリーグベストイレブンに選出された。

磐田では長く主力としてプレーし、2013年にはリーグ戦34試合に出場。

2014年、2015年はJ2でプレーしたが、ここでも豊富な運動量を生かしてチームを支えた。

2016年にFC東京へ移籍。

その後、アビスパ福岡でもプレーし、2019年からはFC今治へ加入した。

40歳を超えても現役を続け、2022年までプレーした。

駒野友一のプレースタイル

駒野友一の特徴は、攻守にわたって安定して仕事ができるサイドバックだったことだ。

右サイドを上下動する運動量。

守備での粘り強さ。

そして、前線へ上がった時の正確なクロス。

Jリーグ公式も駒野について「正確なクロスでサイドからチャンスを演出する」選手と紹介している。

駒野は、派手なドリブルで何人もの相手を抜き去るタイプではない。

ボールを受けると、状況を見ながら前へ進む。

味方が中央へ入れば外側から追い越す。

スペースがなければ無理をせず、もう一度ボールを動かす。

そして、クロスを上げられる状況になれば、ゴール前へ正確なボールを送る。

この「無理をしないのに、気がつけばチャンスを作っている」というところが駒野らしさだった。

また、駒野はキックの技術にも優れていた。

クロスだけでなく、フリーキックから直接ゴールを狙うこともできた。

Jリーグ公式でも、アビスパ福岡時代に決めた直接FKが紹介されている。

そしてもう一つの特徴が、長く安定してプレーできることだった。

サイドバックは90分間にわたって攻撃と守備を繰り返すポジション。

前へ上がった直後には、自陣まで戻らなければならない。

それを何度も繰り返すため、豊富な運動量が必要になる。

駒野は若い頃からベテランになるまで、その役割をこなし続けた。

日本代表では、左サイドに長友佑都が台頭する一方、右サイドでは駒野が長くポジションを争った。

2010年南アフリカワールドカップでは、長友、中澤佑二、田中マルクス闘莉王らと最終ラインを形成。

中盤には遠藤保仁、長谷部誠、前線には本田圭佑や岡崎慎司らがいた。

その中で駒野は、攻撃と守備の両面からチームを支えた。

目立つプレーだけではなく、90分間を通してサイドの仕事を続ける。

それが駒野友一という選手だった。

駒野友一の引退と現在

2019年からFC今治でプレー。

J3でも経験豊富なベテランとしてチームを支えた。

2022年11月、FC今治は駒野が2022シーズンをもって現役を引退すると発表した。

23年間の現役生活。

J1では374試合、J2では150試合、J3では67試合に出場。

Jリーグで積み重ねた出場数は、実に591試合に及ぶ。

さらに日本代表では78試合。

2006年と2010年のワールドカップにも出場した。

長いキャリアの中で、サンフレッチェ広島、ジュビロ磐田、FC東京、アビスパ福岡、FC今治と複数のクラブでプレー。

どのチームでもサイドを走り続けた。

派手なスター選手というより、チームにとって欠かせない存在。

攻撃では正確なクロスを送り、守備では粘り強く相手に対応する。

そして、何度でも上下動を繰り返す。

そんな駒野のプレーは、長くJリーグを見てきたファンにとって印象に残っているだろう。

日本代表として2度のワールドカップに出場し、Jリーグでも500試合を超えるリーグ戦出場を果たした駒野友一。

23年間にわたってピッチを走り続けたサイドバックは、2022年にスパイクを脱いだ。

日本サッカーを長く支えた右サイドバック。

それが、駒野友一だった。

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