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高崎寛之の現役時代、生い立ちやプレースタイルに迫る【第501回】

188センチの身長を生かしたポストプレーや空中戦に強さを発揮するFW高崎寛之。

足元の技術や、裏へ抜け出す一瞬のスピードも持ち合わせており、頭だけでなく足で決めるゴールも多い、

駒澤大学卒業後、浦和、水戸、甲府、鹿島、岐阜など8つのJチームを渡り歩いた。
2016年から在籍した松本山雅では2年連続チーム得点王に輝くなど、得点源として活躍した。

高崎寛之のJリーグ入り前


高崎は1986年に茨城県結城郡八千代町に生まれた。

八千代町立中結城小学校に入学後、2年生に時に兄の影響でサッカーを始めた。
低学年の時はDFやサイドバックでプレーし、高学年になってからFWを務めるようになった。
6年次になると、関東選抜や茨城県選抜に選出された。

八千代町立八千代第一中学校進学後はサッカー部でプレー。
1年次からレギュラーとして活躍し、県大会で優勝を経験。
中学入学当初は身長が150センチ程しかなかったが、卒業時には180センチを超えていた。

中学卒業後は、茨城県立古河第三高校に進学。
自宅から学校までの40キロの道のりを毎日自転車で通った。
高校時代は選手権などの全国大会とは無縁だったが、1年次から起用され、3年次にはキャプテンとしてチームを牽引した。

高校卒業後、駒澤大学へ進学。
同学年に菊地光将(川崎フロンターレ)、塚本泰史(大宮アルディージャ)、小林竜樹(湘南ベルマーレ)、八角剛史(横浜FC)、1学年上に廣井友信(清水エスパルス)、原一樹(清水エスパルス)、巻佑樹(名古屋グランパス)がいた。

大学3年次にレギュラーを掴むと、巻佑樹との2トップで活躍。
3年次に出場した第21回デンソーチャレンジカップには関東選抜として出場。
東口順昭(福井工業大学)、長友佑都(明治大学)、兵藤慎剛(早稲田大学)、武井択也(流通経済大学)らとともにプレーし、高崎は大会最優秀選手に選出された。
また同年のユニバーシアード日本代表に選出され、背番号9を背負いバンコク大会に出場した。
4年連続での優勝がかかっていたが日本は5位となった。

大学卒業後の2008年、複数あったオファーの中から浦和レッズに入団する。

高崎寛之のJリーグ入り後


2008年4月29日第9節コンサドーレ札幌戦で試合終了間際にFWエジミウソンと交代でJリーグデビューを飾った。
しかしレギュラー陣の高原直泰、エジミウソン、田中達也、永井雄一郎、岡野雅行らの中に割って入ることは出来ず同年はリーグ戦2試合の出場で無得点に終わった。

2009年は出場機会を求めてJ2水戸ホーリーホックへ移籍。
開幕戦から出場機会を掴むと第6節ザスパ草津戦でJリーグ初ゴールを記録。
その後は吉原宏太や荒田智之とのコンビで得点を量産し19ゴールをマーク。
チーム得点王になるとともにリーグ得点ランキング5位に入る活躍を見せた。

2010年は浦和レッズに復帰。
フォルカーフィンケ監督やペトロヴィッチ監督のもとでレギュラーを目指すも途中出場が多く、2年間でリーグ戦20試合3ゴールに留まると2011年をもって浦和レッズを退団した。

2012年は6クラブからオファーを受けた中で、城福浩監督が率いるJ2ヴァンフォーレ甲府へ移籍。
ダヴィとの2トップで開幕戦から起用されるも、期待された得点数が伸びず、次第に控えに回るようになった。
リーグ戦27試合で5ゴールの成績を残し甲府を退団。

2013年はJ2徳島ヴォルティスへ移籍。
開幕戦から先発で起用されるも前半戦は勝ち星が伸びず、前半戦は15位で折り返す。
しかし、後半戦は12試合連続負けなしを記録するなど躍進し、徳島はプレーオフに進出。
プレーオフでは決勝で京都を下しJ1昇格を果たした。
高崎はプレーオフに2戦とも出場し、ゴールはなかったものの前線からの献身的な守備で勝利に貢献した。

2014年は守備的なフォーメーションの1トップで起用される。
リーグ戦でチームのシーズン初ゴールをマーク。
徳島はホーム未勝利に終わるなど苦戦が続き1年でJ2に降格。
高崎はその中でも少ないチャンスをものにする決定力の高さを見せ、リーグ戦7ゴールを決めるなど奮闘した。

2015年は大学時にオファーを受けていた鹿島アントラーズへ移籍。
ACLでは2ゴールを決めるなど存在感を見せるも、リーグ戦では金崎夢生、土居聖真、ダヴィなど充実した戦力を誇る鹿島では出場機会は少なく、シーズン途中にモンテディオ山形へレンタル移籍。

山形で5ヶ月間プレーした後、鹿島に復帰したが直後にJ2松本山雅FCへレンタル移籍。

松本山雅では高さを生かしたプレーで得点力が開花。
1年目はリーグ戦16ゴール、2年目は19ゴールと2年連続でチーム得点王になる活躍を見せる。
3年目には得点数は7ゴールと減ったものの、リーグ戦42試合中41試合に出場。
松本山雅のJリーグ昇格後クラブ初のタイトルとなるJ2リーグ優勝と、4年ぶりのJ1自動昇格に大きく貢献した。

2019年は前田大然やレアンドロ・ペレイラの控えに回ることが多く、カップ戦ではゴールを決めたもののリーグ戦ではノーゴールに終わった。
シーズン終了後、松本山雅のJ2降格によりチームを退団。

2020年はJ3FC岐阜へ移籍。
エースとしてリーグ戦8ゴールを奪うが、チームは6位に留まり昇格を果たすことが出来なかった。

2021年はベトナムリーグ1のサイゴンFCと契約を結ぶ。35歳での初の海外移籍となった。
元日本代表の松井大輔らJリーグ経験者4人とともにプレーしたが出場機会は少なく、またコロナウイルスでのリーグ中断の影響もあり半年ほどで退団した。
同年10月、日本に帰国後にヴァンフォーレ甲府に3ヶ月契約で入団。シーズン終了までプレーし契約満了により退団。

2022年、合同トライアウトに参加。甲府退団直後より現役続行を表明していたが所属先が決まらずこの年現役を引退した。

高崎寛之の引退後と現在

高崎は現役引退後、アマチュアクラブでのプレーを続けながら、長野県山形村で農業を営み、白ヒラタケの栽培などを行う。
また、生まれ故郷の茨城県八千代町の観光大使やカフェのオーナーも務めている。

サッカー解説者としても活躍しており、長野朝日放送などで解説を務めている。

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