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エジウソンの現役時代、生い立ちやプレースタイルに迫る【第330回】

そのプレースタイルと、容姿から「褐色の弾丸」と呼ばれ、1996年のJリーグを盛り上げた柏レイソルのエジウソン。

身長167センチと小柄ながら、裏へ抜ける爆発的なスピードと南米仕込みのテクニカルなドリブルを武器に得点を量産。

加入1年目に当時のJリーグ記録となる1試合5得点を樹立するなど、三浦知良の23ゴールに次ぐ21ゴールを決め、得点ランキング2位につける大活躍を見せた。

柏レイソル退団後の2000年にはブラジルのコリンチャンスに所属し、世界クラブ選手権に出場しMVPを獲得している。

陽気な性格で知られ、レイソルサポーターから愛されたエジウソンであったが、フロントとの対立やピッチ外での騒動など、トラブルの多い選手としても知られた。

エジウソンのJリーグ入り前


エジウソンは、1971年にブラジルのバイーアに生まれた。

幼少期は故郷のアマチュアクラブを転々とし、1990年に インドゥストリアルECでプロ契約を結び、キャリアをスタートさせる。

翌年、タナビECでのプレーを経て、一年後にはグアラニFCへと移籍するなど、着実にステップアップしていく。 1993年にはブラジル・セリエAのSEパルメイラスへ入団。

パルメイラスでは、後にJリーグでプレーをするエジムンド、ジーニョ、サンパイオ等のブラジル代表選手とのプレーを経験。2年連続でブラジル全国選手権で優勝し、ブラジル代表に初選出された。

しかし、ロマーリオやベベットなど充実した戦力を擁するブラジル代表の中でインパクトを残せず、1994年、1998年のワールドカップ・ブラジル代表には選出されなかった。

1994年には自身初となる海外移籍を経験。

ポルトガル1部のベンフィカへ加入し、リーグ戦22試合に出場し7ゴールをマークした。

1995年、コリンチャンスに戻り、好調を維持していたところ、1997年に柏レイソルからオファーを受け、入団が実現する。

エジウソンのJリーグ入り後

柏レイソルに入団したエジウソンは、1996年1stステージ第一節浦和レッズ戦でJリーグデビューを飾る。

加入してすぐにニカノール監督の信頼を得ると、アントニオ・ワグネルや柱谷幸一と2トップを組み、スピードを生かしたプレーで得点を量産。当時の柏には後の鹿島アントラーズの監督になるカルロス・ザーゴ、大分トリニータの監督となる片野坂知宏などがいた。

第2節の名古屋グランパスエイト戦でJリーグ初ゴールを記録すると、第4節ジェフ戦ではブラジルの英雄・カレカとの2トップが実現。試合には0-2で敗れるも元ブラジル代表同士の巧みなコンビネーションでスタジアムを沸かせた。

第12節のガンバ大阪戦では当時のJリーグ記録となる1試合5ゴールをマーク。7-1での勝利の立役者となった。

このシーズンはリーグ戦21ゴールを決め、得点王の三浦知良に2ゴールに迫るランキング2位の活躍であった。

翌年の1997年シーズンも柏レイソルでプレー。ジャメーリと強力な2トップを組み、1stステージ第2節のサンフレッチェ広島戦で2ゴールをマークすると、第5節から第14節までに出場した8試合で10得点を決めるなど活躍した。

2ndステージ第2節の清水エスパルス戦では、延長戦の試合中に倒れ、試合を止めるように主審にアピール。ゲームが止まるかと思われた中、目の前にボールが転がってくると、急に立ち上がりエスパルスゴールへ向かって突進し、Vゴールを決めた。

しかし、試合に勝利した柏レイソルだったが、エジウソンのこのプレーにエスパルスサポーターは激怒し、試合後のチームバスを囲む騒動となった。この問題は翌日のスポーツ紙一面に掲載され、大きく報道される事態となった。

このような騒動もあってか、1997年のシーズン途中に柏レイソルを退団。25試合で23ゴールをマークしていたエースの離脱は、レイソルにとって大きな痛手となった。

ブラジルに戻ったエジウソンは、コリンチャンス、フラメンゴ、クルゼイロというブラジルの名門クラブを転々としてプレー。ブラジル全国選手権でのベストイレブンやMVPを獲得。ブラジル代表にも復帰を果たした。

2002年にはブラジル代表として日韓ワールドカップに出場し、ブラジルの5度目の優勝に貢献。

2002年には、再び来日し、柏レイソルへ再加入。しかし、1996年ほどのインパクトは残せず、2003年も柏レイソルでプレーすることに合意していたが、個人の事業のトラブルが理由で来日せず、解雇となった。

その後はブラジル、UAEなどでプレーし、2007年に現役を引退した。

エジウソンの引退後と現在

エジウソンは引退後、ブラジルに帰国しコメンテーターとして活躍。

2019年からはテレビ・ラジオ兼営局バンデイランテスの番組に出演している。

この番組の中で、エジウソンは、ネイマールやメッシ、クリスティアーノ・ロナウドよりも、全盛期の自身の方が上手かったと発言。陽気なエジウソンならではのジョークかと思われるが、この発言は大胆な主張だとして、各国のスポーツ紙で取り上げられた。

エジウソンは、Jリーグで強烈なインパクトを残したが、ピッチ外でのトラブルもたびたび話題と選手であった。

2014年には元夫人への慰謝料の不払いで逮捕され、2015年にはブラジル国内の宝くじの不正疑惑に関与したとして取り調べを受けたことが報じられている。

引退後も、トラブルメーカーとして知られるエジウソンであるが、全盛期の活躍ぶりは疑いようのないものであるのは事実。躍動感溢れるプレーで多くのサポーターを魅了した。対戦相手としても、エジウソンのような、すばしっこくて技術のあるプレーヤーは嫌だったのではないだろうか。

バンデイランテスの番組での発言は、あながち間違ってはいないのかもしれない。

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