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第316回 サリナスってどんな人?生い立ちやプレースタイルに迫る。

188cmの長身を生かしたポストプレー、足元の正確なテクニック。まだ歴史の浅いJリーグにおいて、スペイン人であるサリナスのレベルは突出していた。

名門・FCバルセロナで6年に渡ってプレーし、146試合で60ゴールを決める。スペイン代表として、ワールドカップでは3大会連続ゴールを決めたストライカーにとって、Jリーグでゴールを量産することは難しいことではなかった。

1997年、キャリアの終盤にマリノスに入団すると、2年間で挙げたゴールは、リーグ戦47試合で34得点。

2019年に清水エスパルスのFWドウグラスが、J1では8人目となる7戦連続ゴールを決めて話題となったが、サリナスはそれを凌ぐJ1リーグ歴代1位となる8試合連続得点をマークしている。

1990年代を代表するスペインの大型FWは、Jの舞台でも大暴れしたのだった。

サリナスのJリーグ入り前

サリナスは、1962年にスペイン・バスク州のビルバオに生まれた。

地元のアスレティック・ビルバオの下部組織でサッカーを学び、1982-1983念シーズンにトップチームに昇格し、アスレチック・ビルバオでデビューを果たす。

ビルバオには4シーズン在籍し、U-21スペイン代表にも選出。1986-1987シーズンに、同リーグのアトレティコ・マドリードへ移籍した。

サリナスは、1986年のメキシコワールドカップのスペイン代表に選出され、6月7日のグループリーグ・北アイルランド戦でワールドカップ初ゴールをマークし、グループリーグ突破に貢献。決勝トーナメントでは準々決勝でベルギーにPK戦の末に敗れている。

アトレティコに移籍したサリナスは、ストライカーとして覚醒し、エースとして2シーズンで31得点を挙げる。この活躍が、当時のFCバルセロナの監督であるヨハン・クライフの目に留まり、1988-1989シーズンにFCバルセロナへの移籍を果たす。

バルセロナでは、当時のエースだったリネカーからエースの座を奪い、加入1年目ながら20ゴールを挙げる。この年、バルセロナはUEFAカップウィナーズカップを制した。

1989-1990シーズンは15ゴール、1990-1991シーズンは11ゴールと5シーズン連続でリーガ二桁得点をマークするなど、名実ともにリーグを代表するストライカーとなるも、得点王には届かなかった。

サリナスは、1990年イタリアワールドカップのスペイン代表にも順当に選出。決勝トーナメント1回戦のユーゴスラビア戦で2大会連続ゴールを決めるも、後に名古屋で活躍するストイコビッチの2得点により1-2で敗れている。

1993-1994シーズンより、バルセロナにブラジル代表のエースであるロマーリオが加入。サリナスの出場機会は激減し、この年限りでバルセロナを去ることになった。

1994-1995シーズンは、同リーグのディポルティボ・ラ・コルーニャに移籍。再び2桁得点を挙げる活躍を見せたサリナスは、1994年アメリカワールドカップのメンバーに選出。グループリーグの韓国戦で3大会連続となるゴールを決めた。

1995年夏、スポルティング・ヒホンに移籍。サリナスは、1995-96シーズンはスペイン人最高となる18得点を挙げ、2部リーグ降格を救う救世主となった。

1997年、得点力不足のためにストライカーの獲得が急務であった横浜マリノスからオファーを受け、サリナスは入団を決意する。

サリナスのJリーグ入り後


WCCF 15-16 ATLE フリオ・サリナス

マリノスに加入したサリナスは、1997年5月3日の1stステージ第6節ベルマーレ平塚戦で、安永聡太朗に代わって途中出場にてJリーグデビューを飾る。

第10節のアビスパ福岡戦では先発フル出場を果たし、Jリーグ初ゴールを含む2ゴールの活躍を見せ、勝利に貢献した。 サリナスは、長身を生かしたポストプレーだけでなく、長い脚を駆使した懐の深さを見せ、抜群のキープ力を誇った。

サリナスは試合に出場するにつれ、チームに順応し、9月10日の2ndステージ第11節横浜フリューゲルス戦で2ゴールを挙げて勝利に貢献すると、最終節の柏レイソル戦までゴールを決め続け、7試合連続ゴールを挙げた。サリナスは、この年、26試合に出場し21ゴールを決めた。

サリナスの活躍もあり、1997年のマリノスは年間順位3位となる好成績を収めた。サリナスは、得点ランキング5位となる活躍を見せたが、ベストイレブンには25得点を挙げた得点王のエムボマと、ジュビロ磐田の年間優勝の立役者となった中山雅史が選出されたため、サリナスは惜しくも選ばれなかった。

1998年もマリノスに残留したサリナスは、1998年3月21日の1stステージ開幕戦である横浜フリューゲルス戦でゴールを決め、連続試合得点記録を「8」に伸ばした。

しかし、続くセレッソ大阪戦では無得点に終わり、記録はここで途切れた。だが、第3節サンフレッチェ広島戦では4ゴール、第4節アビスパ福岡戦、第5節コンサドーレ札幌戦でもゴールをマークしている。

サリナスはこの年、35歳。年齢的にも衰えを見せ始める。途中出場が増え、ゴールを決める機会は減っていったが、リーグ戦前半に固め取りしたこともあり、この年もリーグ戦21試合で13ゴールを記録。この年をもってマリノスを退団した。

このまま引退することが噂されたサリナスだが、スペイン1部リーグのデポルティーボ・アラベスへ移籍。チーム加入後、貴重なゴールを連発し1部残留に大きく貢献。

現役最後のシーズンとなった1999-2000シーズンもチームのエースとして活躍。サリナスは38歳でありながら、シーズンを通して8ゴールを挙げ、再び1部残留の原動力となった。

サリナスは1999-2000シーズンを持って現役を引退した。

サリナスの引退後と現在

サリナスは引退後、解説者に転身。 母国スペインでLa Sextaなどの解説者を務めている。

また、「WORLD SOCCER DIGEST」では、サリナス自身がインタビュアーを務めるコーナー「FACE TO FACE」を担当。

このコーナーは、リーガ・エスパニョーラでプレーする選手や他国のリーグでプレーするスペイン人選手と、サリナスが対談を繰り広げるもので、多くのサッカーファンから人気を集めた。

元FCバルセロナの所属選手でJリーグでプレーをしたのはイニエスタ(2018-現在)、ビジャ(2019 ヴィッセル神戸)、ベギリスタイン(1997-1999 浦和レッズ)、ミカエル・ラウドルップ(1996-1997 ヴィッセル神戸)、ストイチコフ(1998-1999 柏レイソル)、ゴイコエチェア(1998 横浜マリノス)、ゲーリーリネカー(1993-1994 名古屋グランパス)など錚々たる顔ぶれが揃うが、最も結果を残した選手はサリナスではないだろうか。

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