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第310回 林丈統ってどんな人?生い立ちやプレースタイルに迫る。

1998年の全国高校サッカー選手権大会。

滝川第二高等学校のエースである林丈統は、紛れもなくこの大会のスター選手だった。

168㎝と小柄ながら、50メートル6.1秒の快足を生かした裏への飛び出し、高い身体能力を生かした得点感覚でゴールを量産。当時の選手権大会タイ記録となる通算8得点を挙げた林丈統は、多くのフットボールファンを魅了した。

鳴り物入りでジェフ市原に入団後、決して強豪ではなかったジェフにおいて、高校サッカーのスター選手である林丈統の加入は多くのサポーターにとって希望を与えた。

Jリーグ入団後は先発で起用される試合は限られ、決して満足のいくプロ生活ではなかったが、それでも林はプロ入り後、11シーズン連続でリーグ戦でのゴールを挙げている。

2003年にジェフの監督に就任したイビチャ・オシムも、「日本で一番のストライカー」と評価した林丈統に迫る。

林丈統のJリーグ入り前

林は、1980年に奈良県奈良市に生まれた。

小学生時代は二名FCに所属しサッカーを学んだ。

奈良市立二名中学入学後、サッカー部に入部。第26回全国中学校サッカー大会に出場をするなど当時から才能を発揮した。

中学卒業後、サッカーの名門、滝川第二高等学校へ進学しサッカー部に入部。林の1学年上には後に日本代表で活躍する加地亮がいた。

林は高校2年、3年時に2年連続で全国大会に出場。 3年時に出場した全国高校サッカー選手権の準決勝では、金子聖司や千代反田充がいる東福岡高校に惜しくも敗れはしたが、直接フリーキックを決め、驚異的な粘りを見せるプレーで国立競技場を沸かせた。特にボールを受ける際の裏への飛び出しは秀逸で、抜群のスピードを生かしてボールを受けると、高い得点感覚でゴールを量産した。

結局、林はこの大会で8ゴールを挙げ滝川第二初のベスト4進出に大きく貢献。自身も得点王に輝くなど活躍を見せた。

1999年、高校卒業後に、林はジェフユナイテッド市原に入団する。

林丈統のJリーグ入り後

入団時から大きな注目を集めた林に与えられた背番号は「25」。U20日本代表に選出されるなど将来を嘱望された。

林は入団1年目の1999年3月6日の鹿島アントラーズ戦で、FWバロンに代わって途中出場。Jリーグデビューを飾った。 その後も、主にスーパーサブとして出場を続け、5月29日のジュビロ磐田戦では試合終了間際に、プロ初ゴールをマーク。林のゴールは貴重な決勝点となり2-1で勝利を飾った。

その後も林はコンスタントに出場機会を得るも、なかなかスタメンの座を奪えずにいた。ジェフにはバロンの他、佐藤寿人や大柴克友、小倉隆史などの実力派がいた。その後のシーズンも、巻誠一郎や崔龍洙の加入もあり、林はスーパーサブとして後半途中に出場することが多かった。

2003年、ジェフの監督に就任したオシムからは『日本で一番才能のあるストライカー』と才能を高く評価される。この年、林はキャリアハイとなるリーグ戦7ゴールをマーク。第5節のFC東京戦から3試合連続ゴールを決めるなど活躍した。

林は、その後もジェフでプレーを続けるも、途中出場ではなくスタメンとして出たいという思いから2006年に京都パープルサンガに移籍。

京都ではFWだけでなくMFとしても出場を重ねた。しかし23試合出場したリーグ戦の中で、スタメンフル出場をしたのは4試合のみに留まった。

翌年はジュビロ磐田にレンタル移籍となる。

ジュビロには中山雅史、カレンロバート、前田遼一がいたため、出場は限られたが、林の武器であるスピードは高く評価される。リーグ戦13試合に出場し2ゴールをマーク。 2008年に京都に復帰し、背番号「11」を背負う。期待されるも2シーズンプレーして2ゴールの成績に留まった。

2010年、前身の古河電工時代も含め初めてJ2に降格したジェフ千葉に5年ぶりに復帰。

しかし、ここまで11年連続で続けてきたリーグ戦でのゴールも途切れることになる。林は、2010年、2011年と続けて無得点に終わり戦力外通告を受ける。

2012年3月、タイ・プレミアリーグのBECテロ・サーサナFCに加入。林にとって初めての海外移籍となったが、リーグ戦の出場は4試合に留まり、わずか3か月で退団が発表された。

2012年7月30日に大分トリニータへの入団が発表、Jリーグに復帰となる。林は入団時のコメントで「大分トリニータがJ1に復帰するために自分の力と経験をうまく出して、チームに貢献できれば良いと思います。」と述べている。

リーグ戦では5試合無得点に終わったが、古巣ジェフとの対戦となった11月23日のJ1昇格プレーオフ決勝戦で後半41分に森島寛晃のパスに反応した林が、相手ディフェンスラインを抜け出し、ループシュートを決め、クラブを4年ぶりのJ1復帰に大きく貢献した。

また2009年J1第30節で大分のJ2降格を決定づける同点ゴールを挙げた林は、「大分に加入してから、自分のゴールでJ1にあげるしかないと思ってずっとやってきた。」とコメントし、サポーターからも喜びの声が上がった。

2013年11月28日、契約満了による退団が発表された。

林は、15年のプロ生活の中で、リーグ戦、カップ戦含めて通算345試合に出場。49ゴールの成績を残した。

林丈統の引退後と現在

林は引退後、2016年11月1日に、石川県志賀町に地域おこし協力隊隊員として委嘱されスポーツ指導員として志賀中学校サッカー部外部コーチに就任。

その後、柏レイソルアライアンスアカデミー長生でジュニアユースの監督を務めている。

林は、ジュニアユースを指導する立場として「失敗を恐れずいろいろチャレンジし、多くを学ぶことが大切だと考えています。」と述べている。

かつて満員の国立競技場を沸かし、圧倒的な得点感覚と身体能力の高さで、同世代をリードしたスピードスターは、新たな才能の開花に尽力している。

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