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第282回 山田隆裕ってどんな人?生い立ちやプレースタイルに迫る。

スピードに乗ったドリブルと強烈なシュートを武器に活躍したサイドアタッカ―山田隆裕。

Jリーグ開幕時の若手スター選手として脚光を浴び、甘いマスクもあって絶大な人気を誇った。

若くして日本代表入りするなどその才能は早くから注目を集めるが、クラブでのプレーに専念したいという理由で日本代表を辞退。ベテラン選手が同様の理由で辞退することは今でこそポピュラーな理由だが21歳での山田の辞退は斬新であり物議を醸した。

所属した横浜マリノスでは1995年のリーグ優勝に貢献。その後は京都、ヴェルディ、ベガルタ仙台と渡り歩いた。仙台では2001年のJ1昇格に主力として貢献した。

山田隆裕のJリーグ入り前

山田は1972年4月29日、大阪府高槻市で生まれた。

小学校3年生の時に静岡県清水市に引っ越し、転入した市立高部東小学校でサッカーと出会う。 6年生の時には、地区の選抜チームである清水FCの一員として全日本少年サッカー大会に出場しベスト8に進出する。

その後、清水第六中学校卒業後、サッカーの名門である清水商業高校に入学。同学年には名波浩、大岩剛、薩川了洋がおり、1学年上には藤田俊哉、2学年上には三浦文丈がいた。

山田は1年からレギュラーを獲得。冬の高校選手権決勝戦の市立船橋選では、 後半18分に三浦文丈のコーナーキックをヘディングで決め全国優勝を飾った。

2年になると、全日本ユース、インターハイを制したが、三冠を狙って臨んだ高校サッカー選手権静岡県予選の準決勝で清水東高校と対戦しPK戦の末に敗れている。

3年時には主将を任される。ユース代表、国体の県選抜にも選ばれるなどこの学年屈指のプレーヤーとして注目を集めた。この年「史上最強」と呼ばれた 清水商業は全日本ユース、インターハイをともに2年連続で制覇。 選手権大会では、三冠を目指したがベスト8をかけた3回戦で、 大宮東高校(埼玉)にPK負けを喫し、三冠の夢はついえた。

高校卒業後、日産自動車サッカー部(現横浜Fマリノス)に入団。日本リーグ初登場は、1991-1992シーズンの第3節、全日空(フリューゲルス)戦に、神野卓哉に代わって出場。この年はリーグ戦9試合に出場した。その後、バルセロナ・オリンピック代表にも選出された。

1992年7月、アメリカワールドカップ出場を目指したオフト・日本代表にチームに最年少として初選出されるなど山田はJリーグ開幕前から高い評価を受けていた。

山田隆裕のJリーグ入り後


1997カルビーJリーグチップス■レギュラーカード■099/山田隆裕/横浜M

山田は1993年、5月22日の名古屋グランパス戦でJリーグ初出場を飾る。6月9日の清水エスパルス戦で左足でJリーグ初得点を記録した。

山田は甘いマスクで女性からの人気を集めた。多くの雑誌に特集を組まれるなどし知名度を高めた。

日本代表には引き続き選出され、アジア最終予選前のスペイン合宿に参加。しかし当時のマリノスは代表に呼ばれるとその間は優遇措置はなく、試合を休んだ分だけ給料がマイナス査定になってしまう為に山田は辞退している。

1994年、ファルカン監督により再び日本代表に選出。同年の9月27日のオーストラリアとのアジア大会壮行試合で代表デビューを飾った。

1995年にはマリノスでキャリアハイとなるリーグ戦43試合に出場し7ゴールをマーク。年末にヴェルディと対戦したチャンピオンシップでは第1戦でビスコンティの決勝ゴールをアシストするなど マリノス初優勝に貢献した。

1998年、京都パープルサンガに移籍。10月24日のフリューゲルス戦で見事なボレーで移籍後初ゴールを決めた。

1999年、ヴェルディ川崎にレンタル移籍。9月18日のマリノス戦ではJリーグ通算200試合出場を達成した。

2000年には練習生を経て6月にベガルタ仙台と契約。2001年にはリーグ戦28試合に出場しベガルタのJ1昇格に貢献した。

2003年、怪我もあり出場機会はなく、シーズン途中で現役引退を表明した。

山田隆裕の引退後と現在

山田は引退後、サッカー界から離れ仙台市内で移動式メロンパン専門店を開業。開業4ヶ月で11店舗を2年で20店舗を開業するまでになる。

その後は様々な職種を経験し、2018年から西新宿に外国人向けのバー「Peter Cole本店」のグランドマネージャーをしている。

移動式のメロンパン屋を開業した理由は「クロワッサンやロールパンは家で作れるがメロンパンの上のクッキーの生地は家では作れない」というもので、外国人向けのバーを始めた理由は「外国人は日本人より飲む量が3~4倍はある」というものである。着眼点の良さは流石である。

サッカー選手としてだけでなく実業家としても光るセンスをもつ山田隆裕。かつて若者から絶大な人気を誇ったカリスマはビジネス界でも挑戦していく姿勢を崩さない。