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第266回 御給匠ってどんな人?生い立ちやプレースタイルに迫る。

186センチの長身を生かしたプレーもさることながら、シュートに至るまでのバラエティの多さとシュード精度の高さが魅力のセンターフォワード御給匠。
 
大型ストライカーとして期待され、2002年にセレッソ大阪に入団。Jリーグではその後、ザスパ草津、横浜 FCでプレーするも出場機会に恵まれず結果を残す事は出来なかった。
 
しかしJFLでは通算172試合に出場し104ゴールをマークする。
 
2007年と2010年にはJFL得点王を獲得するなど格の違いを見せつけた。

御給匠のJリーグ入り前

御給は1983年、三重県久居市(現:津市)に生まれる。
 
津市立久居中学校卒業後、三重県立津工業高等学校へ進学。2学年上に吉武剛、1学年上に河野健一がいた。
 
御給が高校3年時に三重県高等学校総合体育大会のサッカー競技で優勝を飾る。第80回全国高等学校サッカー選手権大会三重県大会では決勝で敗れたもののエースストライカーとしてチームを牽引、決勝で2得点を決めるなどの活躍を見せた。
 
こうした活躍が評価され、2002年セレッソ大阪に入団する。

御給匠のJリーグ入り後

入団1年目は出場機会がなく、2年目の2003年9月20日2ndステージ第6節東京ヴェルディ1969戦でJリーグ初出場。続く第7節名古屋グランパスエイト戦でJリーグ初ゴールをマーク。
 
しかし恵まれた体格と得点能力が期待されて入団した御給であったが、セレッソでは出場機会に恵まれず3年で公式戦出場は9試合、その間の得点はわずか1得点であった。
 
2005年、当時J2に昇格したばかりのザスパ草津へレンタル移籍。
 
背番号11を背負い得点源として期待されるがリーグ戦19試合に出場するも徳島ヴォルティス戦での1ゴールに終わる。シーズン終了後にザスパ草津を退団、セレッソ大阪からも戦力外通告を受ける。
 
2006年JFLの佐川急便大阪SCへ移籍。
 
佐川急便では初年度から得点ランキング5位に入る21得点をあげるなどチームの得点源として活躍。後期7節のジェフクラブ戦では1試合で5得点をあげる。御給は佐川急便大阪を前年リーグ戦10位から3位に押し上げる原動力となり、JFLベストイレブンにも選出された。
 
2007年は更に得点を増やし前年を上回る30得点をマーク。チームのJFL優勝に貢献。自身も得点王、MVP、ベストイレブンの個人タイトルを獲得するなど大車輪の活躍を見せた。
 
2008年、この活躍を受け横浜FCからのオファーを受け完全移籍。Jリーグに復帰する。
 
横浜FC加入1年目は点を取れない試合が続いたがシーズン終盤に3得点をマーク。リーグ戦16試合に出場して3ゴールを記録した。しかし翌年、横浜FCはリーグ戦開幕から8試合勝利なしなど勝ちきれない試合が続き御給も出場機会に恵まれなかった。結局1ゴールの成績に終わりシーズン途中にJFLの町田ゼルビアへレンタル移籍となる。
 
町田ゼルビアではJFLでの経験を生かし、リーグ戦10試合で4ゴールを奪う活躍を見せる。
 
2010年、SAGAWA SHIGA FC(旧:佐川急便大阪SC)へ復帰。この年27得点を挙げる。後期3節佐川印刷戦、後期15節流通経済大学戦でハットトリックを達成。御給はJFL史上初の2度目の得点王を獲得、ベストイレブンに選出された。
 
2012年いっぱいでSAGAWA SHIGA FC活動停止に伴い2013年よりSC相模原へ移籍。
 
6月9日に行われたJFL第15節Y.S.C.C戦では開始早々、相模原の菅野哲也選手が中央をドリブル突破から先制。その後、御給も追加点を決め4対0での快勝に貢献。この結果、相模原は勝ち点25でFC町田ゼルビアに次ぐ4位浮上を果たした。7月20日には横河武蔵野FC戦にて、自身JFL通算100得点目となるゴールを挙げた。
 
2014年、関西1部リーグのFC大阪へ完全移籍。全国社会人サッカー選手権で優勝、全国地域サッカーリーグ決勝大会で準優勝を達成しFC大阪のJFL昇格に貢献した。
 
2015年、リーグ戦出場が6試合に留まりこの年限りで現役を引退する。

御給匠の引退後と現在

御給匠の引退後の動向については確かな情報を確認することが出来なかった。分かり次第、こちらのサイトでも紹介していきたいと思う。
 
御給匠はJFLを代表するストライカーだった。
 
特に2006年、2007年シーズンに在籍した佐川急便時代には2シーズンで54試合に出場し51得点を奪うという驚異的な得点能力を見せている。
 
長身のセンターフォワードだといわゆる電柱タイプと呼ばれるような高さで勝負する選手と思われがちだが、御給は身長やフィジカルを生かしたプレーというよりも、キーパーやDFのタイミングを絶妙に外して際どいコースに決めるなど足元のテクニックがしっかりとしたFWだった。
 
JFLで史上初の2度の得点王に輝き、歴代通算4位となる104ゴールをマークした御給匠はミスターJFLと呼んでも過言ではない。