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第265回 伊藤優津樹ってどんな人?生い立ちやプレースタイルに迫る。

アウトサイドを主戦場とする攻撃型レフティー伊藤優津樹。
 
独特なリズムとスピード溢れるドリブルでゲームにアクセントを加える事の出来る左サイドのスペシャリストだ。
 
守備での貢献度も高く相手キーマンを徹底マークで封じ込む。
 
創世記の清水エスパルスや川崎フロンターレで活躍して2000年にはコンサドーレ札幌のJ2優勝とJ1昇格に大きく貢献した。
 

伊藤優津樹のJリーグ入り前

伊藤は1974年に静岡県浜松市に生まれた。
 
静岡県浜名小学校へ入学後、浜北キッカーズFCへ入団しサッカーを始めた。ホンダカップ初優勝を始め 、県大会3位入賞などに貢献した。
 
小学校卒業後、地元静岡県の私立の強豪、東海大一中学校へ入学。1学年下には川口能活がいた。3年時には全国大会優勝を経験。
 
卒業後、静岡北高校へ進学。同学年に石舘靖樹、1学年下に長橋康弘がいた。全国高校サッカー選手権には激戦区の静岡県予選を勝ちあがれず出場は叶わなかった。高校3年時には静岡県選抜に選出されSBSカップ国際ユースサッカー大会に出場。レアル・マドリードユースやASモナコユースと対戦した。
 
伊藤は高校卒業後の1993年、地元のプロチームである清水エスパルスに入団する。
 

伊藤優津樹のJリーグ入り後


Jカード1996■レギュラーカード■130/伊藤優津樹/清水 ≪Jリーグオフィシャルトレーディングカード≫
伊藤は入団して1年目は出場機会に恵まれなかったが2年目から貴重なレフティーとして出場機会を掴む。
 
1994年11月5日2ndステージ第18節サンフレッチェ広島戦でJリーグ初出場。1995年のサントリーシリーズではレギュラーとして活躍。ニコスシリーズは控えメンバーに入る事が多かったもののシーズン通してリーグ戦18試合に出場した。
 
しかしその後は出番に恵まれず1998年に出場機会を求めてJFLの川崎フロンターレに移籍。
静岡北高校の後輩でもある長橋康弘とのコンビで左サイドとしてレギュラー獲得が期待されていたが怪我に悩まされる。同ポジションの久野智昭が活躍した為、翌年J2へ昇格後は出場の機会はほとんど訪れなかった。
 
2000年、J2のコンサドーレ札幌にレンタル移籍。
 
岡田武史監督に左サイドのレギュラーとして起用された。サイドからの攻撃参加でマルシオ・エメルソン・パッソスのゴールのアシストを量産しコンサドーレの優勝に貢献。伊藤はキャリアハイとなるリーグ戦33試合に出場するなど充実したシーズンとなった。
 
2001年もレンタル移籍期間を延長しJ1に昇格したコンサドーレでプレー。2ndステージ第3節横浜F・マリノス戦では開始77分に播戸竜二と交代でピッチに入ると89分にJリーグ初ゴールを決めるも惜しくもこの試合は3-2で敗れた。その後負傷の増加もあり、移籍してきた和波智広にレギュラーを奪われてしまう。
 
2002年、川崎フロンターレへ復帰。
 
慢性化したケガの影響や塩川岳人、アウグスト・ペドロ・デ・ソウザが左サイドのライバルとなった2003年はリーグ戦10試合の出場に留まる。
 
2004年は怪我の影響もあり試合出場の機会は得られなかったがフロンターレはJ2で優勝。翌年のJ1昇格を決めたが伊藤はこのシーズン限りでユニフォームを脱ぎ、現役を引退した。

伊藤優津樹の引退後と現在

伊藤は引退後、長野県佐久市にて地域に根ざした育成型スポーツクラブの運営をするNPO法人ジャパンスポーツアカデミーを設立。運営するFCシンガーズの代表者兼総監督として子供達への指導を行なっている。
 
またフットサルウェアのブランドgol.JAPAN(ゴル・ジャパン)のアドバイザーや、静岡県袋井市にて活動するレゾンフットボールクラブU12のゼネラルマネージャーも務めている。
 
伊藤が代表を務めるFCシンカーズのチームスタイルは「驚異のアイデアで仕掛け、超越したテクニックで相手を翻弄する個の力、その圧倒的な個の魅力でGAMEを支配する。魅力ある選手に、そして一番に個の力を伸ばす」とHPに記載がある。
 
小学生年代のサッカーを見ていて時折見かける場面がある。フリーの状況でボールを受け取った時にすぐにパスを選択する子供とひとまずドリブルで行けるところまでいく子供。どちらもゴールを奪うという最終目標を達成する為のアクションではあるが、積極的に仕掛けていく方が得るものが多いと感じる。
 
サッカーで生活しているわけではない、このチームで永年プレーするわけでもないのだ。ただ目の前の相手を抜かしたい、シュートを決めて目立ちたい、そういうエゴイズムを前面に出していって初めて個性が磨かれるのではないだろうか。
 
戦術理解力や技術ももちろん学ぶべき大切な要素ではあるが、試合に勝ちたい、勝ってヒーローになりたいと思う気持ちを養うというのもこの年代で習得すべきことだと感じる。
 
監督やコーチ、親の為にサッカーをするのではない。もっと言うとチームの為にサッカーをするのでもないと思う。個々がサッカーを楽しみ、個々が強さを発揮した結果がチームの為になっているという状況がこの年代のサッカーにとって好ましいことなのだと思う。
 
驚異のアイデアで仕掛け、圧倒的な個の力でゲームを支配する育成方針のFCシンカーズで学んだ子供達がいずれプロの世界で活躍する日が来ることを楽しみにしている。