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第245回 森山泰行ってどんな人?生い立ちやプレースタイルに迫る。

アーセン・ベンゲルは敬意を表して森山泰行をこう例えた。
 
「ボックス内の虎」であると。
 
鋭い眼光で見つめるはゴールのみ。どんな体勢でも何処からでも狙える森山泰行のシュートは異常なまでの決定力を持ち、少ない時間で確実に結果を残し続けた。
 
上背があるわけではない。テクニックやスピードも森山泰行より上の選手は溢れるほどいた。
 
だがこの男は誰よりもゴールを決め続けた。やがて森山泰行はJリーグで歴代随一ともいえる後半時間帯決定率をもつストライカーになった。
 
サイドラインに森山泰行が立つ。どよめきと歓声に包まれる中、森山泰行は荒れたピッチに入っていく。ゴールという獲物を狩る為に。

森山泰行のJリーグ入り前

森山は1961年に岐阜県岐阜市に生まれた。
 
岐阜市立加納西小学校の時にサッカーを始め、笠松中学校に入学する。中学3年時に全国中学校サッカー大会に出場。全国大会3位となる活躍を見せジュニアユース日本代表に選出された。
 
この活躍が帝京高の古沼貞雄監督の目に留まり、中学卒業後は東京の名門である帝京高校へ進学。同期には、礒貝洋光本田泰人飯島寿久がいる。
 
森山は1年時からFWとしてレギュラーを獲得。3年時の高校選手権では、司令塔である礒貝洋光のパスから点を決め続け、3回戦までに5得点を決める活躍をみせる。3回戦の澤登正朗を擁する東海大一高との対戦では試合中に負傷し頭部を包帯で覆いながらプレーを続けたがPK戦の末に敗れている。
 
高校卒業後、順天堂大へ入学。同期には古賀琢磨小村徳男、棚田伸、平岡宏章がいる。
 
2年時にレギュラーを獲得した森山は、大学生ながら早くも日本代表入りを果たし国際Cマッチ2試合に出場した。3年時には関東大学リーグの得点王を獲得。4年時にはウルグアイのペニャロールへ海外留学を経験し、公式戦にも出場を果たした。
 
ウルグアイのチームからオファーが届くもそれを断り大学卒業後の1992年、名古屋グランパスエイト入団する。

森山泰行のJリーグ入り後

名古屋に入団した森山は、1993年5月16日の第1節鹿島アントラーズ戦で後半からJリーグデビューを飾ると、第2節の浦和レッズ戦でリネカーとツートップを組んだ森山は早くも2ゴールを決めた。このシーズンはリーグ戦12試合に出場し4ゴールをマークした。
 
1994年はリネカー、小倉隆史、エリベウトン、ビニッチとポジションを争うも、ペナルティエリア内で圧倒的な決定力を誇る森山はリーグ戦39試合に出場し13ゴールを決める。
 
1995年、名将アーセン・ベンゲル監督が就任してからは途中出場で高い得点率を誇り、スーパーサブとして活躍した。1stステージ第25節ジェフユナイテッド市原戦では、開始66分でゴールを決めると8分間でハットトリックを達成する。このシーズンはキャリアハイとなるリーグ戦14得点を記録。
 
1996年もリーグ戦11得点を挙げ、3シーズン連続で2桁得点を記録した。
 
1997年には念願の日本代表へ招集。キリンチャレンジカップのトルコ戦に森島寛晃と代わって途中出場。三浦知良とツートップを組んだ。この試合が森山の唯一の国際Aマッチ出場となった。


1998年にベルマーレ平塚へ3ヶ月間の期限付き移籍を挟み、同年スロベニアリーグのヒット・ゴリツァへ移籍する。セカンドストライカーとしてプレーしリーグ戦10試合に出場し1ゴールを決める。
 
その後、1999年にサンフレッチェ広島、2000年に川崎フロンターレと渡り歩く。
 
2001年には古巣である名古屋グランパスへ復帰。ウェズレイとツートップを組み得点を量産。リーグ戦26試合に出場し12ゴールを決めた。だが2002年は出場機会が激減しリーグ戦7試合で無得点に終わるとシーズン途中にコンサドーレ札幌へレンタル移籍。
 
2004年に名古屋に復帰するも出場機会は少なく、38歳で一旦現役引退を表明。
 
しかし2005年、地元である岐阜で将来Jリーグ参入を目指していた岐阜FC(当時は東海社会人リーグ2部)に選手兼監督補佐として現役復帰を果たす。
 
2008年にJ2に昇格すると、13試合に出場し1ゴールを決めるも9月に現役引退を表明。このシーズン限りでユニホームを脱いだ。

森山泰行の引退後と現在

森山泰行は引退後、サッカー解説者として活躍し2014年から浦和学院高校サッカー部の監督に就任した。また埼玉県ふじみ野市を拠点とするジュニアユースクラブ、CLUB GORICA(クラブゴリツァ)及び埼玉県富士見市を拠点とするジュニアクラブ、NKFC(Nanbata Krein Football Club)の代表を務めている。
 
そして2019年2月、JFLのFCマルヤス岡崎にて強化担当を務めながら現役に復帰する事が発表されている。
 
今年、50歳となった森山泰行。かつてJリーグ屈指のゴールハンターとして活躍した森山泰行にとってこの挑戦が容易ではない事は百も承知だろう。
 
JFLといえど20代の選手達にスピードや体力で叶うわけはなく、怪我をしてしまえば回復も時間がかかるし、この復帰を地方のクラブを活性化させる為の話題作りと見る人もいるかもしれない。
 
だが森山泰行の豊富な経験とゴール前での勝負勘はチームにとって必ずプラスに働くだろうし、若い選手達は普段のトレーニングから、かつて虎と呼ばれた男から学ぶべき事は多いだろう。
 
僕は期待してしまう。後半残り少ない時間帯で森山泰行が登場する姿を。そして泥臭くゴールをねじ込む姿を。
 
虎は確かに50歳になった。だがその目は未だ虎視眈々とゴールを見つめている。