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第243回 菅沼実ってどんな人?生い立ちやプレースタイルに迫る。

サイドだけでなく、FWや、中央など幅広いポジションでプレーできるアタッカー菅沼実。
 
決定力がある選手で、サイドでカットインして得意のドリブルで持ち込んでのシュート、PA内で相手をワンタッチでかわしてのシュートや打点の高いヘディングでのシュートなど得点パターンは多彩であるが、特に45度の角度から放つ低く強力なシュートは秀逸である。
 
2006年にはJ2でシーズン11得点を記録。2008年にはJ1でシーズン10得点を記録するなど得点能力の高さを証明した。
 
柏レイソル、愛媛FC、ジュビロ磐田、サガン鳥栖、ロアッソ熊本とJリーグ5チームを渡り歩き16年間のプロ生活を送った菅沼実。
 
所属するチーム毎に担うポジションは変わったがどのチームでも積極的に仕掛ける姿勢は相変わらずで、菅沼実からは得点の匂いが漂っていた。

菅沼実のJリーグ入り前

菅沼実は1985年に埼玉県岩槻市(現さいたま市岩槻区)に生まれた。
 
4歳からサッカーを始め、埼玉県岩槻市立上里小学校に入学。小学生時代は大宮フェスタに在籍した。
 
その後中学で柏レイソルの下部組織である柏レイソルジュニアユース入りし、柏レイソルユースに昇格。
 
2002年10月、ユース所属ながらトップチームの公式戦に出場できる第2種登録選手として契約。同年にU-17日本代表に選出されたほか、17歳5カ月で公式戦出場を果たし、当時柏の最年少デビュー記録を作るなど期待される存在であった。
 
2003年11月15日、J1 2ndステージ第13節ヴィッセル神戸戦。1−2とビハインドで迎えた後半39分、DF永田充のパスから左足でゴールを決めた。当時18歳5ヶ月での得点はクラブ史上最年少記録であった。
 
ユース卒業後、そのままトップチームとプロ契約を結ぶ。

菅沼実のJリーグ入り後

しかし入団した柏レイソルでは出場機会に恵まれず、3年間でリーグ戦9試合の出場に留まった菅沼は2005年、ブラジルリーグのECヴィトーリアへ期限付き移籍を果たす。
 
ヴィトーリアではトップチームの1つ下のカテゴリーで、数多くの試合を経験。ブラジルで精神的にも肉体的にも鍛えあげられた菅沼は2006年に帰国する。
 
しかし柏レイソルはJ2に降格しており、チーム事情から愛媛FCへのレンタル移籍を打診され移籍。
 
愛媛FCで出場の機会を得た菅沼はリーグ戦45試合に出場し11得点という活躍を見せる。
 
2007年シーズンから柏に復帰。
 
スピードを生かしたドリブル突破を武器に、開幕戦の対磐田戦でいきなり2得点を挙げ、最初の4試合で4得点。レイソルの開幕4連勝に貢献した。また、同年4月には北京オリンピック予選を戦うU-22日本代表に選出された。
 
2008年はリーグ戦でチームトップの10ゴールをマーク。その10ゴールのうち6ゴールをヘディングで決める。短期間で立て続けにゴールを量産した。リーグ戦と並行して行われた天皇杯でも2ゴールを決め決勝進出の立役者のひとりとなった。
 
2010年ジュビロ磐田にレンタル移籍。


ナビスコカップ優勝に貢献する活躍を見せ、その後完全移籍となるが出場機会は多くなく、2014年にサガン鳥栖へレンタル移籍。翌年に完全移籍となるが監督の信頼を得られず2年間で2試合の出場に留まり、契約満了により退団。
 
2016年はJ2のロアッソ熊本に加入。
 
シーズン途中からの加入であったが11試合に出場、2得点をあげるなどチームの主力選手として活躍した。2017年J2第42節(最終節)大分トリニータ戦では華麗なトラップから切り返し、左足ボレーで豪快なゴールを叩き込んだ。これが菅沼の現役最後の試合、ゴールとなった。
 
2018年自身のSNSを通じ引退を発表。

菅沼実の引退後と現在

菅沼実は引退後、九州産業大学サッカー部のコーチに就任。
 
2019年より古巣である柏レイソルU12のコーチに就任している。
 
菅沼実は現役時代、得点意識の高い選手だった。ポジションが何処であれ、ゴールという目的を常に強くもっている事が伝わってくる選手であった。その強い得点意識が菅沼実のプレーの幅を広げ、多彩な得点パターンを作り出したのではないだろうか。
 
たとえゴールと遠いサイドの位置でボールを受けても、巧みなフェイントで相手をかわし、またひとつゴールに近づける。中央で受けてスペースがなくても自分でいける所まで行き、少しでもゴールに近づける。菅沼のひとつひとつのプレーは全てゴールに繋げる為に存在していたように思う。
 
柔らかいボールタッチや精度の高いシュートを見ても菅沼は技術が高い選手であった事は間違いないが、技術よりも何よりもゴールへの強い情熱が伝わってくる選手であった。