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第238回 ベッチーニョってどんな人?生い立ちやプレースタイルに迫る。

ベルマーレに所属した数多くの歴代外国人選手の中でも、抜群のインパクトを残したブラジル人MFベッチーニョ。
 
スピードのあるドリブルを武器に中央から切り込んでいくと強力なシュートでゴールを量産。
 
中盤の選手でありながら得点能力が非常に高く、ベルマーレに在籍した3シーズンで奪ったリーグ戦ゴールは56にも及ぶ。
 
ベルマーレの攻撃の中心にはいつもベッチーニョがいた。

ベッチーニョのJリーグ入り前

ベッチーニョは1960年にブラジルのサンパウロ州に生まれた。
 
1985年、ブラジル・サンパウロ州モオカを本拠地とするCAジュベントスでプロキャリアをスタートさせる。ジュベントスでは3シーズンプレーし1988年にクルゼイロECへ移籍。
 
クルゼイロでは後にジュビロ磐田でプレーをするアジウソンらと共に活躍。2シーズンでリーグ戦31試合に出場し6得点を挙げた。
 
またクルゼイロ時代の1988年にブラジル代表に選出され、同年、試合出場を果たすが唯一の代表キャップとなった。
 
1990年、サンパウロ州のSEパルメイラスへ移籍。2シーズンプレーし、1992年シーズン途中にクルゼイロへ復帰。
 
クルゼイロではレナト・ガウショらと共にプレーし、ミナスジェライス州選手権や国際大会であるスーペルコパ・スダメリカーナのタイトル獲得に貢献した。
 
1993年にJFLのフジタサッカークラブ(現湘南ベルマーレ)へ移籍。
 
司令塔として活躍し、フジタの年間優勝に貢献。ベッチーニョは11得点を挙げベストイレブンに選出された。
 
フジタサッカークラブはJリーグ入りの為にベルマーレ平塚へ改称。ベッチーニョは契約を延長しJリーガーとなった。

ベッチーニョのJリーグ入り後


ベッチーニョはJリーグの舞台で躍動する。開幕戦から背番号10を背負い、ベルマーレの攻撃の起点としてプレー。1stステージ第3節清水エスパルス戦でJリーグ初ゴールを決めると、第7節まで毎試合連続ゴールを重ねる。
 
しかしベルマーレはJリーグの洗礼を浴び、1stステージは全クラブ最多の54失点を喫して12チーム中11位の成績となった。だが2ndステージは巻き返し、得点が全クラブ最多タイの48、失点が全クラブ最少タイの26と攻守共に安定。優勝こそ逃したが1位のヴェルディに1勝差でシーズンを終えるという躍進を見せた。ベッチーニョはこのベルマーレ旋風の絶対的司令塔として活躍。リーグ戦37試合に出場し24得点の活躍でこの年のJリーグベストイレブンに選出された。天皇杯ではセレッソ大阪を破り初優勝を飾る。
 
1995年、シーズン開幕前に行われたゼロックススーパーカップでは、昨年の年間チャンピオンであるヴェルディ川崎と対戦。ベッチーニョは後半にゴール中央のペナルティエリア外から左足での強烈なミドルシュートを叩き込む。試合は終盤に追いつかれPK戦の末に敗れてしまうが、このゴールはベッチーニョのシュートテクニックの高さを証明するものとなった。またこのシーズンに中田英寿が加入。ドリブルで自ら切り込んでいくベッチーニョとキラーパスで局面を打開する中田の共存が多くの得点チャンスを演出。1stステージは全クラブ最多の60得点を挙げ、7位につける。しかし2ndステージはベルマーレは一転して不振に陥りリーグ最下位となってしまう。ベッチーニョはこのシーズンも攻撃の核として活躍しリーグ戦50試合に出場し25得点を挙げた。ベストイレブンこそ逃したが得点ランキング4位に入る活躍を見せた。
 
1996年も主力としてリーグ戦30試合中28試合に出場。だが前年までのような活躍は見せられず得点数も7得点に留まる。ベッチーニョはこの年限りでベルマーレを退団し、JFLの川崎フロンターレへ移籍する。
 
フロンターレでも背番号10を背負い、中央のポジションでプレー。中西哲生やムタイルと絶妙なコンビネーションを見せた。ベッチーニョはリーグ戦28試合に出場し19得点を挙げ得点ランキング3位に入るが、フロンターレは3位となりJリーグ昇格の夢は果たせなかった。
 
翌年もフロンターレでのプレーを選択したがシーズン序盤に退団。そのままブラジルに帰国する事になった。
 
ブラジル帰国後は、インテルナシオナルやグアラニなどの名門チームを渡り歩き、2003年まで現役を続けた。
 
2003年はベッチーニョの故郷であるサンパウロ州のAAフランカーナでプレー。このシーズンのプレーをもって現役を引退した。

ベッチーニョの引退後と現在

ベッチーニョは引退後、ブラジルで指導者の道を歩む。古巣であるジュベントスやマリーリアで監督を務め、2018年よりナシオナルSPの監督を務めている。
 
2003年4月には「レジェンド・オブ・ベルマーレ (Legend of Bellmare)」の初代受賞者として表彰された事からも、いかに創成期のベルマーレにベッチーニョがもたらした功績が大きいかが分かる。
 
ベッチーニョは上背はないが、体の使い方がうまくボールキープ力に優れており、パスの精度・テクニックが高い選手だった。そして何より苦しい場面でも1人で状況を打破できる強さがベッチーニョにはあった。
 
1994年のベルマーレ平塚の躍進はこの男の存在抜きでは語れない。今後もベルマーレのレジェンドとしてその華麗なプレーは語り継がれていくだろう。