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第228回 林健太郎ってどんな人?生い立ちやプレースタイルに迫る。

広い視野と正確なボールコントロールを持ち味に活躍した林健太郎。

駒沢大学卒業後、加入1年目から層の厚いヴェルディ川崎のボランチとしてレギュラーを獲得。プロ1年目ながら日本代表にも選出された。
 
正確なキックはPKでも冴え渡り、冷静に相手のGKの動きを確認してゴールに流し込む林のシュートは元祖コロコロPKと呼ばれ、現役通算15本を蹴り14本決めるという驚異の93%の成功率を残した。
 
優れたカバーリングと独特のサッカーセンスでDF、ボランチとしてサポーターを魅了。
 
エレガントなプレースタイルで中盤のマエストロと呼ばれた林健太郎に迫る。

林健太郎のプロ入り前

林は1972年に東京都町田市に生まれた。
 
小学生の頃にサッカーを始め、山崎Zに所属。
 
その後に小山FCを経て、強豪である私立桐蔭学園高校へ進学。名将・李国秀監督の指導を受けた。同級生には福永泰、1学年上には戸倉健一郎や長谷部茂利がいた。
 
高校ではU-16・U-18日本代表やユース日本代表に選出されるなど早くから実力を評価されていた。高校2年時に全国高校サッカー選手権に出場。3回戦では伝習館高校を相手にゴールを決め勝利に貢献。準々決勝に進むも前橋商業にPK戦の末に敗れている。
 
1991年、林は駒澤大学へと進学。
 
大学入学後ら早くからレギュラーとして活躍し、大学3年時から2年連続で全日本大学選抜に選出。ユニバーシアード日本代表にも選出された。
大学4年時には全日本大学サッカー選手権大会に出場。決勝まで駒を進めたが早稲田大学と1-1で引き分け延長。PKの末4-1と負けを喫し惜しくも準優勝となるが大会優秀選手賞(DF)を獲得した。
 
輝かしい成績を残した林健太郎は大学サッカー界ナンバーワンDFという高い評価を受け、1995年にヴェルディ川崎へ入団する。

林健太郎のプロ入り後


加入当時のヴェルディは三浦和良やラモス瑠偉など多くのタレント選手を擁しておりJリーグ連覇、ナビスコカップを3連覇とまさに黄金期であった。
 
ルーキーがレギュラー陣に割って入るのは至難の業と思われたが、林は高度な技術とサッカーセンスで、新人ながらいきなりボランチのレギュラーを奪うと、リーグ戦43試合に出場。ラモスからは天才と言わしめるほどの存在感を放った。この年、加茂監督により日本代表に選出された林は8月に国立競技場で行われたコスタリカ戦とブラジル戦にDFとして先発出場を果たしている。
 
しかし、2年目からは出場機会が減り、チームも一時期の黄金期から転落。同年リーグ戦14試合出場に終わると、1997年は一桁の9試合出場に留まった。
 
1998年シーズン途中にヴィッセル神戸へレンタル移籍。
 
ヴィッセル神戸は16連敗というJリーグワースト記録(当時)を作るほど深刻な不振に陥っていた。また翌年からJ2リーグが創設される為、神戸はJ1残留が危ぶまれる状況であった。
 
ここで林はMFとして7試合に出場し、攻守の要として2ndステージでの14位浮上に貢献。神戸は年間総合順位16位で、J1参入決定戦に進む。決定戦ではコンサドーレ札幌と対戦したが、神戸は2試合に勝利しJ1残留を決めた。
 
1999年からはヴェルディに復帰。指揮官には桐蔭学園時代の監督だった李国秀が就任した。李は米山篤志、山田卓也、小林慶行らを積極的に起用し、林はボランチとしてプレー。ヴェルディは1stステージ2位と躍進した。
 
その後は北澤豪らとチームの中心選手として牽引。2004年には天皇杯を制した。
 
しかし2005年にヴェルディがJ2へ降格。林はリーグ戦30試合に出場するなど主力としてプレーするが、戦力外通告を受け10年半に渡り在籍したヴェルディを退団する。
 
2006年、大木武監督から誘いを受けヴァンフォーレ甲府へ入団。
 
林はボランチとしてチームを支えるものの、甲府はJ1の厚い壁に苦しみ、2年目には18チーム中17位でJ2に降格。
 
2009年、ラストイヤーと意気込んでシーズンに臨み、27試合に出場。チームに貢献したが、J1昇格に勝ち点1差で届かず昇格を果たせず、37歳の林はこの年限りでユニフォームを脱ぐ決意をした。

林健太郎の引退後と現在

林健太郎は引退後、指導者に転身。2011年から2014年まで東京大学運動会ア式蹴球部のヘッドコーチを務めた。
 
その後、東京ユナイテッドのヘッドコーチを経て2018年シーズンからヴィッセル神戸のコーチに就任。期間限定ではあったが監督も経験した。
 
林健太郎はヴェルディ時代、正確なキックと絶妙なポジショニングで勝負する感覚派のプレーヤーだった。
 
現役晩年のヴァンフォーレではチームの為に献身的に走るようになり、ポジションは変わらずともプレースタイルが変化したように感じる。このプレースタイルの変化があったからこそ37歳まで現役を続けられる息の長い選手となったのではないだろうか。
 
かつて中盤のマエストロとまで呼ばれた林健太郎。林のエレガントなプレーも好きだがチームの為に走る林の献身的なプレーもまた魅力的だ。