選手一覧はこちらをクリック
MF

第174回 ビスコンティってどんな人?生い立ちやプレースタイルに迫る。

1995年、横浜マリノス優勝の立役者となったダビド・ビスコンティ。
 
ゲームメイクからフィニッシュまで攻撃的なポジションならどこでもこなせる万能型のMF。
 
アルゼンチン代表の10番を背負ったこともあるその能力は本物で、ビスコンティ、ディアス、メディナベージョというマリノスのアルゼンチントリオは他チームの脅威となった。
 
キャリア晩年にはアビスパ福岡、サガン鳥栖でもプレーするなど7シーズンを日本で過ごした。
 
ビスコンティは、ダビという愛称で親しまれ、多くのサポーターから愛された。

ビスコンティのJリーグ入り前

ビスコンティは1968年にアルゼンチンのサンタフェ州ロサリオに生まれた。
 
1989年、アルゼンチンリーグのロサリオ・セントラルでプロキャリアをスタートさせる。
 
ロサリオには後に浦和レッズでプレーするトリビソンノや東京ヴェルディでプレーするウベダとチームメイトであった。
 
ビスコンティは入団1年目からレギュラーとして活躍。
 
入団3年目にはロサリオのエースとしてリーグ戦36試合に出場し12得点を挙げた。
 
この活躍によりビスコンティはアルゼンチン代表に抜擢されると1991年2月19日のハンガリー戦で代表デビューを飾った。
 
3月27日のブラジル戦では背番号10を背負い、代表初ゴールをマークした。
 
1992-1993シーズンもリーグ戦38試合で10得点を挙げるなど好調をキープ。
 
1993年、Jリーグ開幕前に横浜マリノスからオファーを受ける。ビスコンティはリーベル・プレートでプレーしていた元アルゼンチン代表ストライカーのラモン・ディアスと共に来日し、マリノスへ加入する。

ビスコンティのJリーグ入り後


マリノスに加入したビスコンティは1993年5月15日に開催されたJリーグ開幕試合の横浜マリノス対ヴェルディ川崎戦でJリーグデビューを果たした。
 
第2節のガンバ大阪戦ではJリーグ初ゴールを挙げ1-0の勝利に貢献した。
 
その後も運動量豊富な前線のキーマンとして起用され、リーグ戦27試合に出場し8得点を挙げる。
 
この年、共に来日したラモス・ディアスがJリーグ初代得点王に輝くが、その陰でディアスの得点を多くアシストしマリノスの攻撃を牽引したビスコンティの功績は大きい。
 
1995年にはメディナベージョと共に得点を量産し、マリノス初のJリーグ優勝に大きく貢献。
ビスコンティはリーグ戦48試合に出場し27得点を挙げ、得点ランキング3位に入る活躍を見せた。
 
ビスコンティはフリーキックやコーナーキックのプレースキッカーも任され、精度の高いそのキックから数々のゴールを生んだ。
 
1996年シーズンは怪我もあり、リーグ戦21試合の出場に留まるとこのシーズンを持って同じアルゼンチン人選手のアコスタと共に横浜マリノスを退団。
 
1997年にチリの1部リーグに在籍するCDウニベルシダ・カトリカへアコスタと共に入団。
 
加入1年目ながらリーグ戦15得点を挙げたビスコンティは得点王を獲得し、ベストイレブンに選出された。
 
1998年には初のヨーロッパ移籍を実現し、スペイン2部のCDバダホスで1シーズンプレー。
 
1999年は母国アルゼンチンのCDヒムナシアでリーグ戦21試合に出場した。
 
2000年、Jリーグのアビスパ福岡からオファーがあり、ビスコンティは再びJリーグの舞台に戻る。
 
2000年7月15日の第4節京都パープルサンガ戦で福岡でのJリーグデビューを果たすと第6節のガンバ大阪戦ではゴールを記録。
 
11月18日の2ndステージ第13節のジェフ市原戦ではハットトリックを達成した。
 
2002年にはJ2のサガン鳥栖へ移籍し24試合に出場し10得点を挙げるが、このシーズンをもってビスコンティは退団。アルゼンチンへ帰国し引退を表明した。

ビスコンティの引退後と現在

ビスコンティは現在、アルゼンチンのブエノスアイレスに在住している。
 
2012年3月31日、横浜FMの20周年記念のメモリアルゲームとなった鹿島アントラーズ戦に来場したり、2015年9月には古巣であるアビスパ福岡に20周年記念メッセージを送ったりなど日本との交流は続いている。
 
創世記のマリノスには様々なタイプのアルゼンチン人が在籍した。
 
ディアス、サパタ、ゴロシート、アコスタ、マサチェッシ、メディナベージョ、フィゲロア。
 
その中でもビスコンティが一番長きに渡って活躍し、チームの勝利に貢献したのではないだろうか。
 
攻撃的なポジションならどこでも高いレベルでこなせるユーティリティ性と得点能力の高さはマリノスの大きな武器となった。
 
ビスコンティの存在がなければ1995年の優勝はなかったといっても過言ではない。