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第133回 メディナベージョってどんな人?生い立ちやプレースタイルに迫る。

ラ・ボンバ(爆撃機)と呼ばれた強烈なシュートを武器に横浜マリノスで活躍したメディナベージョ。

Jリーグ初代得点王ディアスとの2トップで得点を量産。1995年には横浜マリノスの年間チャンピオンに大きく貢献した。

ゴールハンターとしてだけでなく、強靭な肉体で当たり負けしないメディナベージョはターゲットマンとしても優れ、山田隆裕やビスコンティなどが絡む攻撃の起点となった。

1994年には当時としては珍しく現役Jリーガーとしてワールドカップ出場を果たした事でも知られた。

メディナベージョのJリーグ入り前

メディナベージョは1966年にアルゼンチンのエントレ,リオスに生まれた。

1986年、伝統的にアルゼンチンのビッグ5に数えられるラシン・クラブでキャリアをスタートさせる。
 
ラシン・クラブには4シーズン在籍し108試合に出場し25得点を挙げた。
 
1989年には名門リーベルプレートへ移籍。
 
後にマリノスで共にプレーする守備的MFサパタや同じストライカーであり盟友でもあるディアスとプレー。
 
メディナベージョがリーベルプレートでプレーしていた時期には若かりし頃のオルテガやクレスポ、バティストゥータも所属していた。
 
1991年にはアルゼンチン代表に初選出。
 
メディナベージョは1991年のコパアメリカ優勝に貢献した。
 
1993年にリーベルプレートは国内1部リーグであるプリメーラ・ディビシオンを制覇。
 
37試合に出場し16得点を挙げたメディナベージョは最優秀選手に選出された。
 
1993-1994シーズンも9試合に出場し8得点と好調を維持していたメディナベージョはJリーグの横浜マリノスからの獲得オファーを受け初めての国外移籍を決断する。

メディナベージョのJリーグ入り後


現役アルゼンチン代表でリーベルプレートのエースでもあったメディナベージョの加入は、前年に加入したアルゼンチン人のディアスが得点王を獲得した事もあり期待を集めた。
 
この時メディナベージョは28歳という年齢であり選手として全盛を迎える年での加入であった。
 
1994年サントリーシリーズ第1節浦和レッズ戦でJリーグデビューを飾ると後半8分に先制ゴールを決め2-0での勝利に貢献。
 
マリノスの攻撃陣は身体が強く協力なシュートが持ち味のメディナベージョ、魔法の左足を持つディアス、アルゼンチンリーグで得点王を獲得しアルゼンチン代表で10を背負った経験をもつビスコンティのアルゼンチン人3人を筆頭に、スピードのある山田隆裕、三浦文丈、神野卓哉が絡んでいく迫力ある攻撃はJリーグ屈指の得点力を誇った。
 
メディナベージョは加入1年目ながら貫禄の15得点を挙げた。
 
そしてこの年アルゼンチン代表として1994年フランスワールドカップに出場し2試合に出場した。背番号は9がバティストゥータ、10がマラドーナ、11がメディナベージョだった。
 
1995年、マリノスは1stステージを制覇。2ndステージも3位につけ、チャンピオンシップではヴェルディ川崎を下し初の年間チャンピオンとなった。
 
メディナベージョ自身もシーズンを通して40試合に出場し21得点を挙げる活躍を見せた。
 
簡単なシュートを外し難しいシュートを決めるなどと揶揄されながらも、得点だけではなく頑丈な身体を駆使したポストプレーでビスコンティらの得点をアシストした。
 
メディナベージョは1995年限りでマリノスを退団。
 

その後は古巣であるリーベルプレートに復帰し、1996年のインターコンチネンタルカップでベンチ要員とて、リーグ優勝や1997年の南米スーパーカップなどを制した。

リーベルプレートでは3シーズンプレーし、その後はアルゼンチン国内リーグのタジェレス、ドックスド、フベントゥウニダなどを転々とし2005-2006シーズン限りでユニフォームを脱いだ。

メディナベージョの引退後と現在

メディナベージョは引退後、アルゼンチンで指導者に転身しアルゼンチンリーグのベラサテギFCのテクニカルディレクターなどを務めた。

Jリーグ開幕当初のマリノスにはアルゼンチン人選手が多く在籍していた。

メディナベージョ、ディアス、ビスコンティ、サパタのように活躍した選手もいれば元アルゼンチン代表のゴロシート(1996年に在籍)は6試合の出場に留まり、ドリブラーとして期待されたマサチェッシ(1995年に在籍)も僅か7試合の出場で退団している。

このサイトでも度々触れてきたが、外国人の能力の高さとJリーグでの活躍はイコールではない。プレースタイルや戦術理解だけでなく日本の言葉、文化、環境など結果として見えづらいいくつものハードルを乗り越える順応性と機敏性が求められる。

チーム合流からデビューまでの限られた時間の中でそれらを理解し、結果を出さなければならない。

メディナベージョのように輝かしい経歴を残した能力の証明をしてくれる選手も多いが、本来持っている能力の半分も出せずに獲得失敗の烙印を押させる選手もまた多い。