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第116回 エバイールってどんな人?生い立ちやプレースタイルに迫る。

1995年、ブラジルの名門SEパルメイラスからジーニョ、セザール・サンパイオと共に横浜フリューゲルスに移籍してきた長身FWエバイール。

ジーニョ、サンパイオ、エバイールは3人それぞれブラジル代表経験者という事でこのフリューゲルスの大型補強は当時大きな注目を集めた。
 
エバイールは183センチ、80キロの恵まれた体躯を生かし得点を量産。
 
2年間のJリーグでのプレーでリーグ戦59試合に出場して35得点を挙げた。
 
特に日本の環境に慣れた2年目のシーズンはヘディングの強さとポストプレーの巧さを見せ、得点王争いに食い込む活躍で20得点を挙げるなどフリューゲルスの優勝争いに大きく貢献。
 
エバイールはイタリアセリエAで25得点を挙げた得点能力の高さを見せつけた。

エバイールのJリーグ入り前

エバイールは1965年にブラジルのミナスジェライス州に生まれた。
 
幼少期からプロサッカー選手になる事を夢見ており、憧れだったサンパウロFCの入団テストを受けるも不合格。
 
しかし諦めきれなかったエバイールは19歳の時に父の知り合いを頼り、サンパウロ州カンピーナスに本拠地を置くグアラニFCとプロ契約を結ぶ。
 
エバイールはすぐに頭角を現し、入団3年目1987年にはブラジル選手権2部の得点王に輝く。
 
翌年の1988年にはサンパウロ州選手権の得点王になるとイタリアセリエAのアタランタBCへ移籍する。
 
アタランタではアルゼンチン代表のカニーヒアと2トップを組み、得点を量産。
 
アタランタには3シーズン在籍し、76試合に出場し25得点を挙げている。
 
1991年にはブラジルに帰国し、SEパルメイラスと契約。
 
パルメイラスにはロベルト・カルロス、リバウド、エジムンド、ジーニョ、サンパイオなど錚々たるメンバーがおり、サンパウロ州選手権、ブラジル全国選手権、リベルタドーレス杯など数々のタイトルを獲得した。
 
現ブラジル代表のネイマールは、エバイールやリバウドが活躍し常に勝利していたパルメイラスが少年時代の頃は好きであったと語っている。
 
1992年はブラジル代表に選出。9試合に出場して2得点を挙げている。
 
そして1995年、Jリーグの横浜フリューゲルスから獲得のオファーを受けると現役ブラジル代表のジーニョ、サンパイオと共に来日しプロ契約を結んだ。

エバイールのJリーグ入り後


横浜フリューゲルスはそれまでレギュラーだったMFエドゥーとモネールを解雇し、エバイール、ジーニョ、サンパイオの獲得を発表。
 
3人はブラジルトリオと呼ばれ、すぐにレギュラーとして起用される。
 
エバイールは1995年第1節浦和レッズ戦で1トップでJリーグデビューを飾ると、続く第2節のベルマーレ平塚戦で初ゴールを奪った。
 
その後も服部浩紀や吉田孝行と2トップを組み、巧みなポストプレーでチャンスを作った。
 
加入1年目は現役ブラジル代表のジーニョやサンパイオと比較するとやや見劣りするパフォーマンスで後半戦はスタミナ切れも見られたが、それまでも36試合に出場し15得点を挙げるなどまずまずの成績を残した。
 
加入2年目のシーズンは開幕戦のセレッソ大阪戦でゴールを決めると、前園真聖やジーニョらの好調もあり得点を量産していく。
 
横浜フリューゲルスは開幕戦から8連勝を飾り、前半戦を首位で折り返す。
 
後半戦は失速したものの、エバイールは10月30日第27節福岡戦でハットトリックを達成するなど最後まで得点王争いに絡んだ。
 
結局フリューゲルスは年間順位3位となり、エバイールはリーグ戦20得点を挙げ、得点ランキングは三浦知良、エジウソンに次ぐ3位となった。
 
エバイールはこの年限りでフリューゲルスを退団。
 
ブラジルに帰国後はアトレチコ・ミネイロやヴァスコダガマ、サンパウロFCなどのチームを渡り歩き、2003年に現役を引退した。

エバイールの引退後と現在

エバイールは引退後の2004年から監督業をスタート。
 
ブラジル国内のヴィラ・ノヴァFCやリヴェルACなどで指揮を執っている。
 
共に来日したジーニョは1997年1stステージまでプレー、サンパイオは1998年までフリューゲルスでプレーを続けた。
 
エバイールがブラジル帰国後もストライカーとして一定の成績を残している事からも、もしエバイールに3年目のシーズンがあれば更に活躍をしていただろう。