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第8回 三浦泰年ってどんな人?生い立ちやプレースタイルに迫る

三浦泰年。

彼のことを思い浮かべる際に、いつも偉大なる弟の存在三浦カズが頭をよぎるのは仕方のないことなのかもしれない。

三浦泰年こと三浦ヤスも日本サッカーにおいて多大なる功績を残した。

清水エスパルスでは初代キャプテンを務め、キャリア晩年にプレーしたアビスパ福岡やヴィッセル神戸では精神的支柱としてチームを支え続けた。

驚異的な持久力で攻守の繋ぎ目として活躍した三浦泰年に迫っていく。


三浦泰年のプロ入り前

三浦泰年は1965年に静岡県静岡市に生まれた。

サッカーが盛んな静岡市で生を授かった三浦がサッカーに希望を見出したのは必然のことかもしれない。

三浦は幼少期を振り返るインタビューでこう答えている。

「小学生の頃にはもう決めていましたね。当時は、まだJリーグもない時代でしたけど、”俺にはサッカーしかない”と思って、日々練習に明け暮れていました。もちろん、スポーツでも趣味でも、没頭しようと思えば他にもやることはたくさんありましたよ。でも、僕はそこで覚悟を決めて、サッカーだけを選んだんです。それがここまでのキャリアを築くことができた原点になっているのかな、と思いますね」

小学校の時にサッカーで生きていく覚悟を決めた三浦は順調に経験を積み、名門静岡学園に入学する。

「当然、中学校、高校と進んでいくことで、サッカー以外にも、勉強のこととか人間関係のこととか、考えることや悩みも増えました。でも僕は、”サッカーだけは人に負けない”という気持ちが支えとしてあったから、他のことがダメでも胸を張っていられたんです。”俺にはこれしかないんだ。でもサッカーで大きくなってやる”と。今思えば、それだけ好きだったんでしょうね」

三浦は静岡学園でテクニシャンとして名を馳せ、ブラジルに留学を決める。

サッカーで生きていくために。

弟の三浦知良が高校を中退してブラジルでプロになったのは有名な話だ。

しかし、兄である三浦泰年もまた高校卒業とともにブラジルへ渡っている。

当時、地球の裏側であるブラジルにサッカー留学に行く日本人は多くなかった。

当時のブラジルは治安が悪く、経済も不安定だった。

それでも先にブラジルに渡っていた弟を追って三浦泰年はサンパウロへ旅立った。

ブラジルで2年間の武者修行を経験した。

三浦は1986年に帰国し、当時のスター軍団であるヴェルディの前身「読売サッカークラブ」に加入。

日本サッカーリーグでは6年間で81試合に出場した。

当時の読売はラモス瑠偉、松木安太郎、都並敏史や加藤久、武田修宏といった日本を代表するプレーヤーが多く在籍していた。

経験豊かな選手たちとレベルの高いサッカーを経験した三浦は、Jリーグ開幕の1992年に発足したばかりの清水エスパルスに移籍する。

三浦泰年のプロ入り後

三浦泰年は経験を評価され、清水エスパルスの初代キャプテンに就任。できたばかりのオレンジ軍団を牽引した。

清水では『清水東三羽烏』と呼ばれた堀池巧、長谷川健太、大榎克己らとともに清水の主力選手として活躍。主にボランチでプレーをした。

1996年には弟三浦知良の在籍するヴェルディ川崎(現東京ヴェルディ)に復帰。ヤスカズ兄弟としてピッチで活躍した。

1999年にはアビスパ福岡へ。

福岡では山下芳輝、呂比須ワグナー、盧廷潤らとともにプレー。強いキャプテンシーでチームを引っ張るも、2001年にはチームのJ2降格を経験した。

そして2002年にはヴィッセル神戸を移籍。

ここで再び三浦知良とともにプレーをすることになるも、出場機会は多くなく、2003年シーズンを最後に現役を引退した。

三浦が38歳での引退だった。

J1ではリーグ戦258試合に出場。11得点の記録を残した。

三浦は日本代表として1993年ワールドカップ・アジア最終予選に出場。

ポジションは本職のボランチではなく、サイドバックとしての招集だった。

慣れないポジションに戸惑った三浦は、アジア最終予選のサウジアラビア戦で果敢な攻撃参加をみせる活躍をしたものの、続くイラン戦ではポジショニングの悪さを相手チームに見透かされ、度々左サイドを突破されてしまい、2-1で敗れる結果となった。

その後の3試合は勝矢寿延にポジションを譲ることになった。

三浦泰年の引退後と現在

現役を引退した三浦は指導者としてのキャリアを積み重ねている。

ギラヴァンツ北九州や東京ヴェルディ、カターレ富山、タイのチエンマイFCの監督を務めた。

そして2018年はJ3鹿児島ユナイテッドの監督としてクラブを初のJ2昇格に導いた。

熱いキャプテンシーで様々なチームを牽引してきた魂のキャプテン、三浦泰年。

今後も彼は日本サッカーにおいて重要な役割を担っていくだろう。

いつかの三浦泰年の言葉が蘇る。

「キャプテンシーとは、ひとたびフィールドに出たら、いつだって、目の前で起こったことから逃げないということ」

浦泰年の挑戦は続く。