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杉山哲の現役時代、生い立ちやプレースタイルに迫る【第272回】

積極的な飛び出しと的確なコーチングに定評があるGK杉山哲。

福岡大学時代はユニバーシアード日本代表に2大会連続で選出。卒業後の2004年に入団した鹿島アントラーズでは曽ケ端準、小沢英明という実力、実績のあるGKの牙城は崩せず出場機会を得る事は出来なかった。

杉山哲がJリーグに初出場したのは30歳を超えた時だった。2012年に移籍したコンサドーレ札幌で念願のJリーグ初出場を果たす。

2013年には自身初となるシーズン通してのレギュラーを守り抜いた。

杉山哲のJリーグ入り前


杉山哲は1981年に熊本県に生まれた。

宇土東小学校4年生の時にサッカーを始める。

宇土鶴城中学校入学後、サッカー部で活躍し熊本国府高校へ進学。杉山の1学年上に高木健太、1学年下に大塚和征がいる。全国高校サッカー選手権大会には高校2年時に出場しベスト8の成績を残している。

高校卒業後は福岡大学へ進学。2学年上に坪井慶介、1学年下に田代有三がいた、正GKとして背番号1を背負い活躍。大学1年時には天皇杯3回戦まで進出し横浜Fマリノスと対戦するが0-2で敗れている。大学2年時にはユニバーシアード日本代表に選出。また大学4年時にも選出されている。

大学卒業後、杉山は鹿島アントラーズへ入団する。

杉山哲のJリーグ入り後

2004年、鹿島アントラーズ入団後は曽ヶ端準、小沢英明に次ぐ第3GKとして技術を磨く。

プロ2年目にナビスコ杯に1試合出場を果たすがその後は出場機会に恵まれなかった。2011年シーズンをもって8年間在籍した鹿島アントラーズを退団。

2012年、コンサドーレ札幌へ移籍。2012年6月16日第14節ベガルタ仙台戦でJリーグ初出場を果たす。その後はポジションを掴みかけるが、リーグ戦9連敗を喫するなど精彩を欠き高原寿康にレギュラーを明け渡した。コンサドーレ札幌はこの年、J2へ降格する。

2013年シーズンはシーズンを通してレギュラーとして起用される。4月14日の徳島ヴォルティス戦ではPKを阻止するなどビッグセーブを連発し2-1の勝利に貢献。この年はキャリアハイとなるリーグ戦38試合に出場した。

しかしその後は出場機会に恵まれず2017年シーズンをもってコンサドーレ札幌を退団。

2018年からは関東1部リーグの東京ユナイテッドでコーチ兼任選手としてプレー。

2021年を持って現役を引退した。

杉山哲の現在

杉山哲は関東サッカーリーグ1部の東京ユナイテッドのコーチを務めた。また東京大学運動会ア式蹴球部のGKコーチにも2018年から就任している。

杉山哲はプロ入り後、鹿島では曽ケ端準、小沢英明に次ぐ第3のGKとして長い間日の出を浴びる事はなかった。

それでも鹿島が彼を手放さなかったのは、そのポテンシャルの高さもあるが、杉山自身の人間性によるものも大きいのだろうと思う。

鹿島では長年、選手寮の寮長も務め若手選手からの信頼も厚かった。第3GKという微妙な立場ながら、腐らずにいつ来るか分からない準備を続けた杉山哲は選手の鏡とフロントが判断したのかもしれない。

記録に残らずとも縁の下の力持ちとしてチームを支えてきた実績が杉山哲にはあるのだ。

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